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歯にはそれぞれ名前がついていますが、われわれ歯医者仲間では名前にかえて番号を使います。 中切歯・側切歯・犬歯・第一小臼歯・第二小臼歯・第一大臼歯・第二大臼歯・第三大臼歯の順に、下顎第一大臼歯は、下顎6番と言います。
さて、上あごの永久歯の生える代表的な順番は、番号で6←1←2←4←5←3←7←8となります。 最初の6は、もうおわかりのように第一大臼歯です。
上あごも下あごも、最初に生える永久歯は何とこの第一大臼歯です。 この歯は、乳歯の一番後ろの第二乳臼歯のすぐ後ろに、六歳のころ生えます。
別名を「六歳臼歯」というのはそのためです。 ついでに他の大臼歯は第二大臼歯が十二歳、第三大臼歯はバリエーションがあるものの、大体十八歳ころから生えはじめます。
前にいった通り大体六の倍数です。 覚えやすいでしょう。

下あごの永久歯の生える順番は、上あごとは多少違います。 第一大臼歯が一番早いのは同じです。
順番は、6←1←2←3←4←5←7←8です。 上あごでは3の犬歯が、下あごでは5の生え方もそれに近づいてきたようです。
もっとも、もし歯の生える時期というものが背丈、身長の増加と相関があるとすれば、第二大臼歯が、昔に比べてだんだん早くなってきても不思議ではありません。 第二大臼歯が早く生えてくることによって、歯の生える順番が狂うということはありますが、第三大臼歯、第二大臼歯、側切歯、犬歯、第一小臼歯、第二小臼歯、第一大臼歯、中切歯、これがそれぞれ問題になる歯で、あごでは犬歯がはみだして八重歯になり、下あごでは第二小臼歯が口の内側に倒れ込んで生えてきます。
この歯の生える順番に微妙に影響を与えているのは7の第二大臼歯です。 この歯は以前に比べ、日本人の子供の背丈の伸びに似ています。
背丈の欧米化と同じに歯も生える時期というものが、背丈が昔に比べてだんだん早くなってきている一方、矯正治療に当たっては、この頑丈な歯を治療に使うことができるようになったので、歯の移動をさせる時、第一大臼歯と一緒に固定源に使えるので、治療結果がよくなるという利点もあります。 歯並びは遺伝するのでしょうか、しないのでしょうか?これは大変難しい問題ですが、結論的にいえば遺伝するものと、しないものとがあると答えるのが正しいと思います。
まずここで遺伝とはどういうことかを、復習しておく必要があります。 「親と子が似ている」ことが遺伝とお考えの人が多いと思います。
遺伝は不思議な現象です。 遺伝を簡単に説明するのは難しいことですが、「遺伝子が親から子に伝えられることによっておきる現象」といって良いでしょう。
それにしても子供は親によく似ます。 ソックリの場合があります。
子供の顔は親の顔をそのまま縮尺したものではないのです。 赤ちゃんが親にソックリというのは、ある部分だけに注目した場合です。
子供の顔が親にいくら似ていても、親の顔をそのまま、縮めたのとは違うのです。 子供の顔はこれから成長変化して、やがて親に似てゆくのです。

しかも、体のどの部分も、その成長のスピードはそれぞれの場所で違います。 一番わかりやすいのは、子供の頭の大きさです。
小学生の帽子なら親もかぶれますが、子供の靴は小さくてとても履けません。 頭は早く成長しますが、ほかの部分は頭より成長は遅れるのです。
普通は、敵の攻撃から早く身を守る必要があるからでしょうか、何よりも足が発達してゆくようです。 ヒトの場合は、他の動物に襲われることが少ないので、頭の成長が進んだようです。
顔についていえば、目から上の部分、つまり脳を中心に頭は早く成長しますが、目から下の部分、特に下あごなどの成長は相当遅れるのです。 紙にまん丸を描いて、上下に分ける線上に目を描けば子供の顔ができ上がります。
今度は、その下半分を長めに描きかえると大人の顔になります。 つまり下あごが遅れて成長して大人の顔になるのです。
遺伝するものとしては、たとえば「反対噛合」を挙げることができます。 特に、下あごの骨の成長に関連する反対噛合で、前にも述べた「下顎前突」がそれです。
「下顎前突」の遺伝で有名な家系としては、スペインのハプスブルグ王家がよく引用されます。 それというのも、広間の壁に掲げられたカルル一世(スペイン国王、後に神聖ローマ帝国カルル五世となった)のグロテスクな肖像に気づいてからのことである。 カルル一世といえばハプスブルグ家にとっては忘れられない中興の祖であった。
それは何もカルル一世ばかりではなかった。 王城や寺院のあちこちの誇らしげに飾られた王族たちの画像も、カルルの顔立ちに似ているのが少なくない。

カルルの息子のフェリペニ世(現在のフィリピンに名前を残した)はまるで父親に生き写しといってよかった。 王女はいつまでも鏡を見つめていると、そこに写っている自分の顔に両親の姿が重ね焼きされ、それがおしまいにはカルル一世の肖像そのままに変ってしまうような気がしてくるのだった。
彼女の心配に感づいた老侍女の一人が、唇の手入れを怠らなければたいてい大丈夫だからと慰めてくれた。 そういえば眠る時少し口を開けているせいか、目が覚めると唇が乾いてカサカサになっていることがあったが、侍女が香りの良い油を薄く塗ってくれる理由を、王女はそれまで知らなかったのである。
伝記遺伝学者はそれより四代前にさかのぼって、エルンスト鉄王の肖像にいわゆる「ハプスブルグ家の容貌」の原形を認めています。 つづいて、フリードリッヒ三世、マキシミリアン一世、更に一代とんでカルル一世とフェルジナンド一世兄弟など、代々の皇帝はいずれも下あごがひどく突き出し、おまけに垂れ下がるような唇の持ち主も多かったのです。
ちなみにこのハプスブルグ家は、カルル一世の子孫スペイン王家と、フェルジナンド一世につづくオーストリー・ハプスブルグ家との間に交わされた濃厚な血族結婚が、ますますこの特徴の発現を助けたことは否定できません。 なんと19組の結婚のうち、四組の叔父姪結婚と六組のいとこ結婚を含めて、ほとんど全部が近親結婚であったのです。
このため、大部分が短命に終わり、カルルニ世の死とともにスペインの王統は絶えてしまいますが、このハプスブルグ家の下顎前突は、英国のスチュァート王朝へドイツの諸候伯、フランスのブルボン家、フローレンスのメジチ家などハプスブルグ家の血の連なるところ幾多の王候の家系にこの印が残っているとみられています。 さて、もう一度カルル一世の顔を見て下さい。
十六世紀の当時は今のような写真技術はありませんから、当時のお抱え宮廷画家が肖像画を描いては、お見合い写真よろしく各国の王家などに贈ったのでしょう。 雇われの身ともなれば画家も、実物よりいい顔に描くのが人情です。
形成外科医の考証では、カルル一世の顔はもっとひどかったと考えられます。 形成外科医が後に13歳でオーストリアのハプスブルグ家に嫁いだ5歳のマルガリータ王女を中心に描かれた、ベラスケスの傑作。

右端の正面を向いている女性と、犬に足をのせている小人は、先天性の軟骨無形成症の患者で背は低く、上あごの成長が劣って反対噛合を呈している。 下顎前突の手術をしたら、世界の歴史はまた違ったかもしれません。
日本では、中尊寺の藤原一族が下顎前突であったようです。

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